こんばんは、すきーやです。
もういくつ寝るとお正月♪ですね。2025年もあっというま。
今年もあと3日
来年の事務所移転の話が決まり、情報システム部門では色々と移転に向けての準備が始まりました。
今度の事務所は今風の座席のフリーアドレス化を行い、在宅勤務や新しい働き方に対応したIT実装が求められています。それに向けて色々と対策が必要ですが、昨今のサイバー攻撃が激化するなか、強固なセキュリティー対策が必要です。
まえまえから色々と準備は進めてきたので、それを一気に進めるので、来年は今年以上に忙しくなりそうです。
おちおち定年とか迎えれなさそうですね。
それに伴って、来年度から一部在宅勤務にシフトするので自宅の環境の再整備が必要になりました。
私のゲームライフ
私がコンピュータ業界に興味をもったキッカケはゲームからです。私が中学2年の頃の1979年、NECからPC-8001が発売されました。その年、地元の総合電気店の一角に地元では初めてのパソコンコーナー(当時はマイコンと呼ばれてましたが)が出来、NECのPC-8001とシャープのMZ-80Kが展示されていました。
その頃、アマチュア無線をやってて、電気や機械いじりが好きだったので、アマチュア無線仲間の同級生とその電気店に入り浸ってパソコンさわってました。
当時、保存は外部装置だったり、カセットテープだったので、パソコン起動、プログラム打ち込んで、ゲームしたら、リセットしてまたプログラム打ち込んでの繰り返し。
途中店員さんに電源を落とされて、また1からプログラム打ち直しとか、店員さんとの攻防が激しかった(店員さん居座ってゴメンナサイ)
MZ-80Kの方はカセットが内蔵されているので、マメにセーブする事で消えることはありませんでしたが、あまり公開されているプログラムが無かったので、どうしてもPC-8001が多かったですね。この辺はさすがパソコン黎明期を支えたNECさんです。
そんな経緯からのパソコンとの付き合いです。
コンピュータの専門学校に行ってから念願のPC-9801VM2を購入してからがゲームライフの本領発揮です。
日本ファルコムというゲーム会社
私が初めて買ったゲームソフトは日本ファルコムのザナドゥ2というもの。これは同級生がザナドゥを買って私がやらせて貰ったら、見事にハマって、シナリオ2が出たら私が買ったのです。このゲームソフトを作っていたのが、当時ゲーム業界では有名な日本ファルコムという会社。
いちおう今も存続してゲームソフトを販売していますが、どちらかというと過去の栄光にすがっている感じがして・・・
イースシリーズ
ザナドゥの後はロマンシアという、あまり評判の良くないゲームがでたのですが、これは見向きもしませんでした。
時を同じくして登場したのがイースシリーズの1作目。
プログラマーの橋本 昌哉さん、特にサウンドの古代祐三さんは業界では伝説の人。イースの楽曲の殆どは古代さんの作品で、パソコンに内蔵されているFM音源用のLSIを限界まで使いこなした今までには無かったゲームミュージックを作り上げた。ゲーム音楽のCDも初めてではないかな。
イースは途中で2部作になったため、イースⅠ&Ⅱとなっており、その後Ⅲ以降もありますが、実はイースでは無かったのが、イースが爆発的に売れてたので、急遽イースⅢとかになったそう。その時点で橋本さんも古代さんも日本ファルコムは辞めています。
個人的にも当時のスペックでイースⅠ&Ⅱを作り上げたお二人は凄いと思います。
イースⅡが発売された時は土日を徹夜して最後までやったのは良い思い出。
基本的に私ははまるとやり込むタイプです。
イースシリーズはその後も発売の度に買ってやりこみましたが、Ⅰ&Ⅱとは違うのでゴニョゴニョ感が。
あの頃は結構マジに立川にある日本ファルコムに入ろうかと思ったぐらい。
その後はイースというブランドで色々と荒稼ぎしたようで(私も信者のひとり)イースを超えるヒット作は無かった気が・・・(リメイクとはかなりありますが)
殆どは処分しましたが、Windows版リメイクと音楽CDは大切に残しています(私の青春?)

オープニングは動画ではなく、プログラムで作成されてもので、1.2MBのフロッピーディスクで動いています。しかも当時のFM音源は3音しか出ないので、それでこの音を出しているのです。神ですね。
大戦略シリーズ
イースの後にハマったのが福岡のシステムソフトという会社が制作した大戦略シリーズ。システムソフトはゲーム部門を切り離して普通のシステム会社となっています。
いわゆる戦争シミュレーションゲームです。世界各国の実際の兵器や装備などを使って仮想戦争ゲーム。
ターン制からリアルタイム版と色々と進化してきました。Windows版も少しやりました。
これは人対コンピュータとかできるのですが、コンピュータの知恵もまだまだの時代でしたので、負けることが少なかったです。
裏技的なことですが、当時ゲームソフトのコピー物が出回ったり、コピーするためのソフトがあったりと、メーカー側と攻略側がやり合ってました。私の同級生のひとりもプロテクト外しのプロがいて、だいたい一晩で解除してましたから、ほぼ不毛な戦いでしたね。
大戦略はこのプロテクト解除を失敗したフロッピーディスク出起動すると、コンピュータ側にマウスmk7という途轍もない戦車が登場したり、核ミサイルが登場してあたり一面焦土となる鬼仕様があり、こっちも航空機で囲むと動けなくなるので、敵陣で核爆発させて、敵陣が崩壊するなどの対策もしたりして。
あと製品のデータファイルを解析して兵器エディタを自作(一晩で作った)したりして、向こうがマウスmk7を出してきたら、データの中にあった(隠されていた)VF-1 バルキリー(超時空要塞マクロスの機体)を私の部隊に入れたり、兵器の能力を飛躍的に変えて、戦闘ヘリをエアウルフにして、F-14に搭載されていたAIM54フェニックスミサイルで敵の戦闘機を迎撃出来て、燃料無限大、弾薬無限大、回避能力無限大の超強化版ヘリにしたり、一味違った楽しみ方をしていました(笑)
すいません。マニアック過ぎました。
この時期、不正コピーしたソフトは山ほどありますが(前出の友人から)自分で使う物はちゃんと買ってます。自分のソフトのバックアップ目的が多いですが。
その後、ファミコン、スーファミ、プレステなどのコンシューマーゲーム機もちょこちょことやりましたが、最初だけですね。
ドラクエは3で全マップの足元を1つづつ調べていくつかアイテム見つけて、ゲーム雑誌に情報提供したり・・・馬鹿ですね。
その後はあまりゲームせず仕事がメインな感じでした。
そして2003年、ゲーム熱が再燃。
きっかけは結婚前の嫁さんから。
ラグナロクオンライン
ゲームから離れていたので、PCゲームがどうなっているか全く知らなかったのですが、当時はファイナルファンタジーがオンラインになってたり、オンラインのMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)というものに移行しており、今では当たり前のオンラインの大人数同時参加型のロールプレイイングゲームです。
このゲームを嫁さん(当時結婚前)の同居人が始めようとしていて、このゲーム出来るパソコンを組みたいと相談に乗ってたのです。
そこそこのグラボが必要だったり、Windowsが必要だったから。嫁さんはMacのDTPオペレータをしていたので、Windowsは使ったことがなく、逆に私はWindowsオンリーで動画編集とかやってたので。
その流れで嫁さんも始めて、嫁さんがゲームにハマって私と会う機会が減りだしたので、私もゲーム空間で会えるようにしようと、私も始めた訳です。
結婚後もしばらく続けてて、休みの日は出かけずにひたすらゲームをやり込む事が多かったかな。
この手のゲームは終わりがないので、社会人捨ててゲームやってる人ともいて、怖い世界だなと思ったり。
バーチャル空間で結構知り合いも出来て、TwitterやFacebook、当時はmixiとかで情報交換やギルド(チーム)のコミュニティーとしてやりとりしてましたね。
嫁さんは仕事してなかったので、ガチで製薬ランカーとかやってました。私は仕事に影響が出ない範囲で・・・
それでもPCを3~4台づつ駆使して、何故か自宅には7~8台のPCが稼働していました。
アイテム販売にパソコンを起動したままにしておかないといけなかったり、ダンジョンやイベント時に別キャラを待機させておいたりと。ゲーム内の知り合いではひとりで7台使っている猛者もいました。
終わりがないのと、どんどん上位職が出来たり、プレイ時間で役に立たなくなるようになったので、引退(辞めるとき)しました。今はレベル275まであるそうです。私が辞めたときは150ぐらいでした。
私がメインでやっていた職業は魔法使い。他も色々と気分転換で色々やりましたが、魔法使いが一番ハマった感じです。立ち位置とか、使う魔法とか、テンパりそうになりながら操作するのが楽しかったです。
辞めたのは課金ゲー(ガチャのようなもの)に寄ってきたので、やめた感じです。たしか2013年ぐらいだと。
嫁さんは私が辞める1~2年前に辞めたかな。仮想空間内の人間関係でこじれたような話を聞いたことがあります。
ちなみに、ゲーム空間で知り合ってリアル結婚した人を何組か知っています。良い出会いもあれば、良くない出会いもあるってことで。
まずは一つ目のゴールのレベル99へ。同じギルドの人と同時発光(レベルMAXだと足元が光る)と週末に行われていたギルドVSギルドの攻城戦より。熱い2時間でした。


長くなったので、続きは後半で。
辞めたときに、無駄な時間を過ごしたと言う人が多かったイメージがあります。私は仮想空間内で仲間とワイワイやってるのが楽しかったので、辞めようと決めたときは、ちょっと感傷に浸ってました。同じギルドの人たち、いまはどうしてるかなぁ。
そんな感じ。
最後までお読み戴きまして、ありがとうございます。